長野線
長野電鉄の中核路線で、長野〜湯田中間33.2kmを結んでいます。
《歴史》
もともと屋代から木島までを結ぶ河東鉄道の一部として須坂〜信州中野間が1923年に開業したのが始まりで、その後河東鉄道の子会社である長野電気鉄道が1926年に権堂〜須坂間を開業、その年のうちに2社は合併して長野電鉄が誕生しました。その後1927年には平穏線(ひらおせん、開業4か月後からは山の内線)として信州中野〜湯田中間が、1928年には長野線の延長として権堂〜長野間が開業し、現在の長野線となる路線が完成しました。
その後はあまり変わらず推移しましたが、1978年に長野市街地の区間は地下化され、全国的にも珍しい地方私鉄の地下区間となっています。また2002年には路線名の変更があり、それまで開業時の路線名に従って河東線、長野線、山の内線に分かれていましたが、運行の実態に合わせて長野線と屋代線の2路線に整理されました。現在屋代線は2012年の廃止が発表されており、長野電鉄の鉄道路線は長野線1路線だけになろうとしています。
《運行-普通列車》
長野〜須坂間では毎時2〜4本の列車が運転され、そのうち2〜3本は信州中野まで運転されます。この区間では長野〜朝陽間の複線区間を利用して地方の民鉄としては多めの運転本数を確保しています。
それに対して信州中野〜湯田中間はほぼ運転系統が分断されていて、毎時1〜2本のワンマン列車が運転されます。
《運行-特急列車》
長野電鉄の特徴は地方私鉄では珍しく有料の特急が1〜2時間に1本という高い頻度で運転されていることです。特急は停車駅によって「A特急」「B特急」に分けられ、都心側の停車駅が多いB特急は朝夕晩に、より速達性のあるA特急は昼間に運転されます。どの列車も普通列車を追い抜くことはありませんが、長野〜湯田中間約45分の速達性があり、100円の特急料金で乗れることから観光や地域輸送の重要な足になっています。
使用車両は1000系「ゆけむり」と2100系「スノーモンキー」で、1000系(元小田急10000系)の展望席は自由席として開放されているほか、2100系(元JR東日本253系)の元グリーン個室も1室1000円の指定席料金で使用できます。
《探訪後記》
地方私鉄ながらも利用客は多く、田舎の路線というより都市近郊の路線のような雰囲気の路線といった印象でした。しかし、それでいて古い駅舎やあ周囲の自然も残り、とてもいい路線です。現在は新型車「スノーモンキー」も導入されているので、もう1度行ってみたい路線です。
長野駅 |
北陸新幹線・信越線・北しなの線乗換 A特急停車駅 |
地下駅 地下駅舎 |
長野駅から善光寺下駅までの間は地方都市では珍しい地下区間で、まるで都会の地下鉄のような雰囲気です。しかし、構内が薄暗く床の汚れもひどいため、1981年完成とは思えない古びた雰囲気です。 |
市役所前駅 |
B特急停車駅 |
地下駅 地下駅舎 |
権堂駅 |
A特急停車駅 |
地下駅 地下駅舎 |
善光寺下駅 |
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地下駅 地下駅舎 |
本郷駅 |
B特急停車駅 |
地上駅 橋上駅舎 |
須坂までの区間は長野市の郊外を走る区間で、20〜30分ほどの間隔で電車がやってきます。特に朝陽駅までの区間は複線で、東急や営団からやってきた都会の電車が似合う区間です。 |
桐原駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
信濃吉田駅 |
B特急停車駅 |
地上駅 橋上駅舎 |
朝陽駅 |
B特急停車駅 |
地上駅 地上駅舎 |
附属中学前駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
柳原駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
村山駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
日野駅 |
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地上駅 駅舎なし |
須坂駅 |
屋代線乗換 A特急停車駅 |
地上駅 地上駅舎 |
北須坂駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
長野電鉄のローカル色が強まってくる区間で、本数も1時間に1〜2本に減ります。しかし、駅舎などもきれいに整備されていて、利用客も多い区間です。 |
小布施駅 |
A特急停車駅 |
地上駅 地上駅舎 |
都住駅 |
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地上駅 駅舎なし |
桜沢駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
延徳駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
信州中野駅 |
A特急停車駅 |
地上駅 橋上駅舎 |
中野松川駅 |
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地上駅 地上駅舎 |
ワンマン運転の列車が往復するだけの区間で、途中駅はすべて無人駅です。しかし周辺にはそれなりに人も住んでいて、生活感のあるローカル区間です。 |
信濃竹原駅 |
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地上駅
駅舎使用停止 |
夜間瀬駅 |
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地上駅 駅舎なし |
上条駅 |
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地上駅 駅舎なし |
湯田中駅 |
A特急停車駅 |
地上駅 地上駅舎 |
車両
特急、普通含め他社からの譲渡車両が多いというのは全国の地方民鉄と同じで、2000系の引退後は全車両が譲渡車両になります。1000系や2100系はほかの地方民鉄では珍しい特急型車両で、同社のフラッグシップ的な車両です。また、3500・3600系、8500系はともに地下鉄に乗り入れていた車両という特徴があり、地下区間ではまるで半蔵門線や日比谷線のような雰囲気が味わえます。
会社のカラーが赤色なので車両は赤系統の色で塗られていて、もともと無塗装だった3500・3600系や緑色だった2500・2600系(元東急5000系”青ガエル”、引退済み)も赤い塗装になりました。
元小田急ロマンスカー10000系HiSEで、「ゆけむり」の愛称が付けられています。内外装はほとんど小田急時代のままで、ロマンスカーの代名詞ともいえる展望席も健在、100円の自由席特急券だけで乗れます。 |
志賀高原への観光特急として開発された自社発注の特急型電車です。しかし、1000系・2100系の投入によって定期運用はなくなり、2011年の夏には完全に引退します。 |
元成田エクスプレスの253系で、「スノーモンキー」として2011年から運行を開始しました。ほぼJR時代のままの内外装で、個室も指定席として使用できます。(写真はJR時代のもの、品川駅にて) |
(2連×9本、3連×1本) |
元営団日比谷線の3000系で、各駅停車に用いられています。マッコウクジラの愛称で親しまれたその外観も健在ですが、冷房化されていない車両もあり一部が8500系に置き換えらています。 |
元東急田園都市線の8500系で、輸送力の大きい通勤電車として導入されました。多少の改造はされましたが、外観、内装などは東急電鉄にいた頃とほとんど変わっていません。 |
長野電鉄が独自に開発した通勤型電車で、1本のみが作られました。廃車済みですが、須坂駅で物置として使用されています。
実は現在導入されている8500系の一部よりも新しい車両です。 |
駅名標・看板など
立て看板型の駅名標はほぼすべての駅で統一がなされていますが、広告のケースを流用した簡易型のものがあり、また柱に取り付けているタイプの駅名標はいくつか種類があります。また、「木島方面」といまだに書かれた駅構内の看板も多くみられます。
桐原駅にて
立て看板型の駅名標はこのようなシンプルなデザインにまとめられています。しかし、使用している書体には2種類ある他、時駅を表す円にも白いものと赤いものの2つがあります(書体と点の色は対応していない様です)。
市役所前駅にて
地下区間の各駅では、電照式の駅名標が壁に埋め込まれています。立て看板型に比べて縦方向が短く、平仮名が小さめです。
信州中野駅にて
信州中野と信濃吉田にはこのような広告用の枠を使用した紙製の駅名標があります。帯の色やローマ字の位置が異なります。
左:小布施駅にて 右:湯田中駅にて
古いホームの柱には、ホーローの駅名標が取り付けられています。また、新しく作られたものも、これに似たデザインとされています。
市役所前駅にて
地下区間の各駅や、同時期に開業した駅の柱には、このような白ベースの駅名標が使われています。
小布施駅にて
このように「木島」の文字が残る看板も少なくありません。また、「州」もすごい形に変換されています。
善光寺下駅にて
こんなレトロな看板がかなり多数の駅に残っています。
券売機
地方でよくみられる食券販売機を流用した簡単なタイプではないですが、首都圏などでは見られないような古いタイプのものを使用しています。廃止された木島線の扱いが駅によってかなり異なります。
善光寺下駅にて
このような「リンゴ色」塗装の券売機が各駅に置かれています。かなり古い型ですが、現在でも第一線で活躍しています。路線図の木島線の部分は、上から紙で覆われています。
桐原駅にて
木島線の部分は、ガムテープを張っただけです。
都住駅にて
このように木島線の部分がそのまま残っている駅もあります。 |