日本駅巡り紀行

取材:2010年3月23日
公開:2011年4月25日
更新:公開後未更新

五日市線廃線跡
立川〜郷地間

 [立川駅 たちかわえき Tachikawa station]

 [武蔵上ノ原駅 むさしうえのはらえき Musashi-Uenohara station]

 [郷地駅 ごうちえき Gochi station]

 立川〜武蔵上ノ原間は「青梅連絡線」と呼ばれる青梅線の線路として存続しています(支線などではなく、あくまで本線の一部という扱いです)。もともと南武線から五日市線、青梅線を結ぶ線路なので、中央線下りからの青梅線直通列車が走る線路として使用されています。また、短絡線といいつつ本線よりも距離は長いです。

 武蔵上ノ原は青梅短絡線上にそれらしき用地が残っていますが、武蔵上ノ原から郷地までの廃線跡はよくわからなくなっています。郷地駅は現在「都立短大前交差点」があるところで、そこからすぐ行ったところからは立派な道路に転用された廃線跡が始まります。


立川駅を出て駅の南側にある道路をしばらく行くと、青梅短絡線が見えるところがあります。ここから廃線跡探訪の開始です。


しばらくその道は青梅短絡線と並行します。まずは中央線をオーバークロス。


上写真の反対側(中央線の向こう側)から。

  
中央線をオーバークロスしてすぐに青梅短絡線最初の踏切です。由来は不明ですが「水道前踏切」という名前です。この踏切から立川方を見ていたとき、ちょうど下に中央線の電車が見えました。

 水道前踏切から西立川方
踏切に書かれた営業距離などから考えると線路左に見える変な空き地が武蔵上ノ原駅跡だと思われます。

 先ほどの道路より
青梅短絡線と道路の間には建物がありますが、たまに駐車場などで見渡せる場所があります。築堤を走る単線の電車、いい感じです。

 
少し行ったところにあるのが上ノ原踏切です。武蔵上ノ原駅の営業距離は立川起点0.8km、水道前踏切は0.774km、この上ノ原踏切は0.988kmなので、やはり武蔵上ノ原駅跡は先ほど見えた空き地ということでよさそうです(また、確証はないですが上野原と上ノ原はもともと同じ地名だと思われます)。
青梅連絡線だけでなく青梅第3線という呼び方もあるのですね。

 上野原踏切より
上ノ原踏切から見た空き地。なんだか複線化用地に見えなくもありません(する意味ないですが)。

 
すぐに学校前踏切です。

  学校前踏切南側より立川方
このあたりは線路南側に並行してJRが駐車場を運営していて、駐車場と隣のビルの間には鉄道柵があります。確証はありませんが、ここで青梅短絡線と五日市鉄道は分かれていたのだと思われます。

 学校前踏切より西立川方
この踏切を過ぎると青梅連絡線は西立川に向かって曲がっていきます。その左側にある用地が五日市鉄道の廃線跡ではないかと思います。

ここからしばらく廃線跡の明確な痕跡は消えてしまいます。青梅連絡線に学校前踏切のところまで並行していた道路が、当時の五日市鉄道のルートに似ているので、おそらくこの道路が廃線跡だったか、この道路に沿って廃線跡があったものと思われます。(道路と線路のルートの重複は、探訪後判明しました)

 都立短大交差点 廃線跡の拝島方より
右に向かうと立川駅方面の元来た道に、右手前に少し行ってから裏道に入ると本格的な廃線跡に出ます。
この交差点の付近がちょうど郷地駅の跡です。

 
上写真の交差点を写真の手前側に10mほど行ったところです。小さな裏道があり、そこを少し進むと廃線跡の大きな道路になります。(次のページへ)

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